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福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)564号 判決

控訴人

長崎信用金庫

右代表者

鈴田正武

右訴訟代理人

山下誠

被控訴人

廣瀬安夫

右訴訟代理人

松永保彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、控訴人と被控訴人との間に控訴人主張の連帯保証契約が締結されたか否かにつき判断する。〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  藤原光明は、昭和五〇年六月二三日木造建物の建築業を目的とするフジ建設を設立してその代表理事となり、被控訴人は友人岩永好市を介して右藤原の懇請を受け、フジ建設の理事に就任した。しかし、被控訴人は、名義上の理事に就任しただけで、その勤務の実態は大工として現場で働き日当の支払いを受けるに止まり、役員報酬を支給されたこともなく、フジ建設の経営に関与したこともなかつた。

2  フジ建設の代表者藤原は、昭和五一年六月四日控訴人に対し金五〇〇万円の融資申込をしたが、同月一一日被控訴人に対し、手形現金化のため役員の印章、印鑑登録証明書を使用しなければならないと虚偽の事実を申し向け被控訴人からその印章及び印鑑登録証明書の交付を受けたうえ被控訴人に無断で同月一二日頃フジ建設の事務所において、同建設で雑務に従事していた古賀富に命じて融資申込書の保証人欄及び保証人届、信用金庫取引約定書、金銭消費貸借契約証書の各連帯保証人欄に被控訴人の住所、氏名を記載させ、右各書類の被控訴人の氏名の末尾にその印章を勝手に押印し、前顕印鑑登録証明書とともに控訴人に提出し、同月二四日控訴人からその主張の約定で金五〇〇万円を借り受けた。

原審及び当審証人伊藤正躬、当審証人藤原キミエの各供述中右認定に反する部分は前顕各証拠と対比して採用し難い。右認定の事実関係に照らすと、〈証拠〉中の被控訴人作成名義部分は藤原の偽造にかかるものというべく、他に被控訴人が控訴人と本件連帯保証契約を締結したことを認めるに足る証拠はない。

二そこで、民法一一〇条の表見代理の控訴人の主張につき判断する。まず、控訴人主張のフジ建設の手形現金化のための基本代理権なるものは、右手形現金化がフジ建設の受取手形の現金化であるのか、同建設の振り出した手形の割り引きあるいは手形を売り渡し代金の交付を受けることを意味するのか明確でないばかりか、右のいずれかを意味するとしても、そのためにフジ建設の理事である被控訴人の印章を必要とする事情を認めるべき証拠はないから、具体的にいかなる法律行為に関するにせよ代理権が発生したことを認めるに足らず、控訴人の前叙基本代理権存在の主張は採用することができない。次に、控訴人主張の商工中金と被控訴人との間の連帯保証契約締結のための基本代理権の存否につき判断する。〈証拠〉を総合すると、フジ建設から商工中金に対し、(1)主債務者フジ建設、連帯保証人被控訴人外三名、保証債務極度額を一、〇〇〇万円とし、フジ建設が商工中金との間の金融取引によつて商工中金に対し現在負担し、将来負担すべき一切の債務につき、各連帯保証人は主債務者と連帯して債務履行の責に任ずる旨の昭和五〇年九月一七日付保証書及び(2)連帯保証人を被控訴人外二名とし、保証債務極度額を四、〇〇〇万円としたほか右(1)の保証書と同一内容の昭和五一年四月二八日付保証書を差し入れており、右各保証書には被控訴人を含む連帯保証人名義の各署名捺印がなされていること、右(1)の保証書はフジ建設の代表者藤原から従業員賞与にあてる資金が一〇〇万円不足しているので、その借り入れにつき保証してもらいたい旨の頼みを受けて被控訴人が保証債務極度額欄空白のまま連帯保証人欄に署名押印し、藤原に交付したものであるが、(2)の保証書は被控訴人が藤原から年度末の労災保険、退職金預金の切替に必要であると言われて同人に被控訴人の印章を預けたところ、藤原が同人自身もしくは第三者に依頼して連帯保証人欄に被控訴人不知の間にその氏名を冒書し、預つていた被控訴人の印章を押印したものであること、以上の事実が認められ、当審証人柴原等の供述中右認定に反する部分は採用し難い。右事実関係のもとにおいて、被控訴人が、藤原に対し前叙(2)の保証書記載のような連帯保証契約締結の代理権を授与したとは認められないが、前叙(1)の保証書関係については、少くとも保証債務極度額一〇〇万円につき商工中金との間に連帯保証契約締結の代理権を授与したと認めるのが相当である。

そこで進んで、藤原が被控訴人名義でなした控訴人との間の本件連帯保証契約につき、控訴人が藤原に代理権があると信ずべき正当な理由を有していたか否か判断する。この点につき、控訴人は、フジ建設に対する本件貸付は長崎市商工課の斡旋によるものであるから、斡旋前に連帯保証意思の確認がなされるのが通常である旨主張し、前顕甲第一号証によると、右貸付が長崎市商工課の斡旋によるものであることは認められるけれども、右甲第一号証にはフジ建設企業組合の控訴人金庫あて借入申込書にそえて長崎市商工課長名義で「ご審査のうえ貸付くださるよう依頼いたします」旨の記載が附加されており、現実の貸付に当つては金融機関たる控訴人の審査にまつ趣旨と解されるから、本件貸付が長崎市商工課の斡旋によつてなされたからといつて藤原が代理権を有すると信ずべき正当理由ありということはできない。さらに、控訴人は、控訴人金庫の広馬場支店長伊庭正躬が電話によつて被控訴人の連帯保証意思を確認した旨主張する。〈証拠判断略〉。そして、本件においては控訴人が本件連帯保証契約を締結する際藤原が被控訴人から授与された前叙基本代理権を有していることを知つていた等控訴人の右主張以外に正当理由があつたとも認められない。

さすれば控訴人の表見代理の主張は排斥を免れない。

三してみれば、被控訴人が連帯保証契約を負担していることを前提とする控訴人の本件請求は失当として棄却すべきである。

四よつて、右と同趣旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)

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